私は他の人とは違う! と高らかに宣言したのに、その行き着く先が椎名林檎ファンだったりする。 典型から逃れるとき、典型から逃れたい人が陥る典型みたいなところに行ってしまう人が多い。 椎名林檎ファンにそれが多い。他にもある。男だったら週刊少年チャンピオンファンに多い。 お前は他の人と違うんだろ? なんで林檎ファンなんていうある種の典型に堕すのだ。なぜ折角ドラゴンボールの宇宙から逃れたのにバキを読むのだ。 とはいえ「他の人とは違う!」の流民の旅は苦難続きである。どこに行っても同類がいる。「他の人とは違う!」と宣言する同類がいる。 「他の人とは違う!」を本当に実践したら、多分すごく孤独だ。ジャニスジョプリンみたいに苦しんで、笑顔だけが青空に溶け込んでしまってそのまま消え去ってしまうような、そんな寂しい湖水地方の風のような孤独。 うんやっぱりそうだ。文章書いていた最初は椎名林檎やチャンピオン(IKK
テレビで言ってたことを鵜呑みにしてるみたいで恥ずかしいけど、 この前のEテレの戦後サブカルチャー史2期でちょうど同じようなことを言ってたので、メモがてら。 録画とかしてなかったのでうろ覚えでごめんなさいね。 講師の人が演劇関係の人みたいなんだけど、 演劇にもある程度の型とか枠みたいなものがある、と。 いわゆる基礎の部分。 で、その枠からまったくかけ離れてしまうと、たとえばセリフを全然違うものにしてしまうと、それはもう演劇ではなくなってしまう。 ごく一部の天才と呼ばれるような人たちであれば、それもまた芸になるけれども、 一般の凡人がそこまでかけ離れたことをやってもモノにはならない。 ただ、基礎の型とか枠の通りにおさまってしまってもおもしろくなることはない。 枠からはみ出そうとするギリギリの部分こそが逸脱であり、創造性であり、おもしろさなのだ。 みたいなことを言っていた。 いわゆる「サブカルチ
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