ブックマーク / courrier.jp (5)

  • 「マッチングアプリ」に疲れて「Googleドキュメント」に移行する人々が増加中 | もうスワイプする必要はない

    シンプルに自己アピールで勝負 ソフトウェアエンジニアのコニー・リー(33)は昨年、恋人と別れた後、ふたたびマッチングアプリを使うようになった。しかし、そこで出会った男性の多くはカジュアルな関係を求めているようだったので、彼女は違う方法を試してみることにした。 それは、記事1分ほどもある長い履歴書のようなプロフィールを書くことだった。デート相手を探すために、レジュメのような長い自己紹介文を他人がオンラインで公開しているのを見たことがあったのだ。

    「マッチングアプリ」に疲れて「Googleドキュメント」に移行する人々が増加中 | もうスワイプする必要はない
  • フィアンセは私の「新しい恋」を応援して、惚気まで聞いてくれる | 【モダン・ラブ】愛は移ろいゆくものだけど

    人前で愛を誓いたいほど大切な婚約者がいる。だけど彼とは別に、どうしても惹かれてしまう女性がいる。周りからなかなか理解を得られない「ポリアモリー」(パートナー公認の恋人をつくることを)を実践する書き手の女性とその婚約者が見つけた、愛のかたちとは。 「ひとりに縛られる恋愛」は縁遠かった ルークは数年前のある晴れた日、ニューオーリンズの私の家の玄関に現れた。ところどころ装飾されたカセットテープを手に持ち、彼は言った。「君のために作ったんだ」と。 他の女性にも使う手口だとわかってはいた。だけどその後けっきょく、「これ、よかったよ」と言うことになったのだった。 これはなにも、ミックステープが片思いを告げるための一般的な媒体だった90年代の話ではない。ミックスCDでさえ、流行ってから見かけなくなった後なのだから。誰かの曲を使って自分の思いを伝えるなら、普通はSpotifyのプレイリストを使っただろう。

    フィアンセは私の「新しい恋」を応援して、惚気まで聞いてくれる | 【モダン・ラブ】愛は移ろいゆくものだけど
  • がんで余命1000日と宣告された妻は、その事実を子供たちに伝えず、力強く長く生き抜いた | 「日常」を保つため、長距離走を欠かさなかった妻

    子供たちの大好きな母親が難病で余命宣告を受けたらどうするか──まだ小さな子供たちにその重圧を負わせないよう、病状を伝えないという選択をとった夫婦がいた。の死後、残された夫が闘病の日々を米誌への寄稿で振り返る。 に対する突然の余命宣告 母親の余命が1000日であることを3人の娘たちが知れば、残りの日々を数え始めるだろうとマーラは考えた。 そうすると、学校も友達との時間も誕生日会も、娘たちは何も楽しめなくなるだろう。マーラの外見や動作、行動、事の様子など、娘たちは母親のことをあまりにもよく見ていた。マーラが望んだのは、娘たちに負担をかけず、子供らしくいてほしいということだった。 マーラは私の初めてで唯一のガールフレンドだった。1987年10月に参加したミシガン州の男女合同フラッグフットボールで知り合った。当時の私は女性と接するのが苦手で、女性にはそっけなかった。

    がんで余命1000日と宣告された妻は、その事実を子供たちに伝えず、力強く長く生き抜いた | 「日常」を保つため、長距離走を欠かさなかった妻
  • 「難病で認知力が低下した妻と離婚しました。私は間違っているのでしょうか」 | 介護者の深い苦悩を社会は理解しない

    運動機能や認知機能に影響を及ぼし、性格の変化など様々な症状を引き起こすハンチントン病。そんな難病を抱えるをひとりで支えてきた男性が、介護の重圧に耐えきれなくなり、離婚を決意する。変わりゆくの姿と介護に苦しみ、別れた自分は悪なのか? 著名セラピストのローリ・ゴットリーブが答える。 愛する人だけど、ひとりきりの介護に限界が来た セラピストさま 30年間連れ添ったが2012年、ハンチントン病と診断されました。脳に障がいが生じる遺伝性疾患で、治療法はなく、死に至る病です。診断当時のは47歳で、病は少しずつ彼女の心身を蝕んでいきました。 私は5年間、の唯一の介護者でした。の体を洗い、服を着せ、事をさせ、その他、あらゆることをしました。 けれども2017年、私は限界に達し、を長期ケア施設に預けるほかありませんでした。私は燃え尽きていたのです。 その少しあと、離婚の手続きをしました。介護

    「難病で認知力が低下した妻と離婚しました。私は間違っているのでしょうか」 | 介護者の深い苦悩を社会は理解しない
    Errorrep
    Errorrep 2021/02/17
  • 「クソでもいいから植えろ」ギャングスタ園芸家がロサンゼルスを変える | 園芸はコミュニティを守る抗議行動だ

    ロサンゼルス南部で野菜、花、果物を育てる“ギャングスタ園芸家”ロン・フィンリー Photo: Todd Williamson / Getty Images for Airbnb 黒人やラティーノが多く住む米ロサンゼルス、サウスセントラル地区に暮らす“ギャングスタ園芸家”ロン・フィンリーは、10年ほど前から道路の脇や空き地などでゲリラ的に野菜を育ててきた。 最初は「農薬まみれじゃないリンゴ1個買うのに45分も車を走らせなきゃならない」ことに対する彼なりの抗議行動だったが、いまではその活動はロサンゼルス中に広がり、数十のコミュニティ菜園が作られるまでになった。 英紙「ガーディアン」が取材した。 「俺は菜園に夢中になんだ」と、“ギャングスタ園芸家”として世界で知られるロン・フィンリーは言う。「朝9時に家を出て、気がついたら午後7時だ。畑仕事をしてると何もかも忘れる。みんな庭を耕すべきだ」 手入れ

    「クソでもいいから植えろ」ギャングスタ園芸家がロサンゼルスを変える | 園芸はコミュニティを守る抗議行動だ
    Errorrep
    Errorrep 2020/08/07
  • 1