項羽と劉邦を、戦いの能力という点から比較してみよう。『史記』を見る限り、戦闘に勝利していたのは、常に項羽の方だった。 しかし、不思議にも最後に笑ったのは、弱いはずの劉邦――この理由を解く鍵が、「四面楚歌」の故事のなかにある。 ときは戦いの終盤戦、劉邦側の軍隊が項羽軍を追い詰め、完全に包囲していた。 日が暮れ、劉邦陣営から、楚の歌が聞こえてくる。自分の故郷であった楚の人々は、本来、味方であったはずなのに、と項羽は驚き嘆いた。 「漢は楚の地まで手中におさめたのか。敵軍にまわってしまった楚の人間のなんと多いことか」 目が冴えてしまった項羽は、夜半から帳のなかで酒を飲みはじめた。項羽には、虞という愛人がいて、片時もそばから放さなかった。騅という愛馬もいて、常にこれに乗って戦っていた。 やがて項羽は気持ちが高ぶり、即興の歌を歌い始めた。 「力は山を抜き、気は世を蓋う 時利あらず、騅逝かず。 騅逝かざ