2011年2月12日のブックマーク (2件)

  • ああ、ドンサック! - 関内関外日記

    どうしてこうなった!? 「Google 翻訳」の迷回答を集めてみた - はてなニュース Google先生の面白翻訳というのはちらほらと見かけられる。しかしながら、しばらく前の面白自動翻訳とはすこし違うようにも感じる。以前のものは、なんというか、翻訳エンジンの頭の悪さゆえの珍文生成だった。最近のは少し違う。翻訳エンジンは賢くなりすぎた。それとも、たんなる飽きだろうか。 亀田三兄弟は飽きられたようだ。亀田とはなんだったのか。少なくとも、俺が「地上波で放送される世界タイトルマッチは録画してでも見る習慣」を持つきっかけにはなってくれたようだ。明日は、井岡一翔とオーレイドン・シスサマーチャイの試合がある。俺はWikipediaでオーレイドンがどんな人なのか調べる。かつてイーグル京和だった男からタイトルを奪い、そのまま防衛を続けているらしい。 ふと、気づく。タイ語のWikipediaがあるではないか。

    ああ、ドンサック! - 関内関外日記
    GuriGura
    GuriGura 2011/02/12
  • 日本人が失ったのは「寛容」ではなく「身内」では? - シ口クマの屑籠(汎適所属)

    「最近日から寛容さが失われている」のは何故か - Togetterまとめ 新幹線の車内ではしゃいでいる子どもや、夜遅くまで騒いでいる大学生に対し、私達はどれだけ寛容な気持ちを保っていられるだろうか?次世代を担う子ども達の、年齢相応の振る舞いに対してさえも、寛容よりも非難が勝る人が増えているのではないだろうか? 寛容さとは正反対の、きわめて自己中心的な人達もよく見かけるようになった。自分の意に沿わない相手に攻撃的な人間や、他人に際限なく要求する人間が、モンスター○○などと呼ばれて問題視される時代でもある。*1 これらを踏まえて「昔の日人が寛容」で「現代の日人は寛容じゃなくなった」と結論づける人は多そうだ。少なくとも、見かけ上、日から寛容さが失われたように見えるのはその通りかもしれない。 「身内」には寛容でも「他所者」にはそうでもなかった日人 では昔の日人は、当に寛容だったのか?

    日本人が失ったのは「寛容」ではなく「身内」では? - シ口クマの屑籠(汎適所属)
    GuriGura
    GuriGura 2011/02/12
    山岸俊男さんの「安心社会」「信頼社会」云々が頭に浮かんだ。後で何か書きたい。