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Economyとmathに関するHeavyFeatherのブックマーク (2)

  • 経済の動向を「内部から」観測するということ - hiroyukikojima’s blog

    リーマンショック以来の経済危機を、固唾を呑んで見守って来て、今、思うところがある。それは、経済の動向を「内部から」観測することと、「外部から」解釈する、言葉を変えるなら、「後付けする」ことの違いである。 例えば、シラーの『根拠なき熱狂』には、「株価の暴落がさしたる特別のニュースのない日に起きている」と書いてあった記憶があるが、昨年から今年にかけての株の動きを見ていると、そういう風には思えない。もちろん、今から数年経ったあと、誰か分析家が、この現在の新聞や雑誌やネットの日記を集めて解析した場合、シラーと同じ結論に陥るかもしれない。でも、それは、現在の我々と直面する情報が同じではないからであろう。我々は、十数年あとの分析家には決してわからない「何か」に対峙している・・・ような気がする。それは、今ふうに、「空気をよめ」の「空気」と言えばわかりやすいかもしれないが、これだと同語反復になりそうなの

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  • 背理法を使うとき忘れてはならないこと - hiroyukikojima’s blog

    週刊東洋経済の9月1日号に載る(はずの)原稿を書き終えた。 その中に、キドランドとプレスコットがノーベル賞を受賞することとなった「動学的不整合性理論」の解説を書いた。(この理論については、週刊東洋経済9月1日発売号をちゃんと買って読んでくださいな)。そこで実は、筆がすべって、よせばいいのに、ちょっと「リフレ派」批判的なニュアンスを書いてしまった。打ち合わせをしているとき、編集者がどうしても書かせたいらしく、何度も焚きつけるので、ついついその尻馬に乗ってしまった、というのが正直なところだ。 「リフレ政策」というのは、不況のときに、中央銀行が「ある目標のパーセントのインフレになるまでは断固貨幣供給を続ける」とコミットして、人々に「インフレになるならモノを買わなきゃ」と決意させて、消費を刺激し、景気回復をはかる政策のことで、「インフレターゲット論」とも呼ばれる。(もちろん、高すぎるインフレ率を下

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