「どんな願いも、つきつめていくと、かならず『幸せになりたい』に行きつく」と、ラジオで言っていた。 出世したい。きれいになりたい。いいねがほしい。すべての願いは、つまるところ「幸せになりたい」。だから『幸福論』は、幸せへの近道である、と。 わたしはなんでもすぐに忘れてしまうのだけど、幸せへの近道、という言葉はしばらく覚えていた(けちな性分なので、自分がトクしそうなことだけは忘れない)。 後日図書館に行ったとき、「近道」の話を思い出して、哲学のコーナーでアランの『幸福論』を手にとった。ぱらぱらめくって、すぐに棚へ戻した。読む気がまったく起こらなかった。かわりに、やさしそうな「解説本」を借りた。 解説本はやさしかった。でも、アランの言っていることはきびしかった。 不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていればいいのだ。人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。