ただの雑談のために駄記事をホッテントリ入りさせてる奴らが互助会を叩いているとか笑い話にもならない 死ね http://anond.hatelabo.jp/20161030202934
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幼稚園で、若くてかわいいママに話しかけられました。 メアドまで聞かれて、これはもうママ友ができるかもしれない! という期待が一気に高まりました・・・ その時、メアドを書いてくださいといってガムの包み紙を渡されました。 そのときは、「それしか紙がなかったのだなー」と思い、メアドを書きました。 しかし、数日後「紙、なくしちゃったから、また書いてください」といって、またガムの包み紙を渡されました。 このときに、自分の表情がこわばっていたような気がします。結局そのママから、連絡が来ることはありませんでした。 ※事実をもとにしていますが、私以外の人物は架空のキャラとして描いています。 ↓出版させていただきました。
皆は、どうやって現在の世界をとらえているんだろう。 「世界は『今がすべて』」とそういう風に感じているんだろうか? 俺は、困惑している。 10年前まで、ネットをスマホでするなんて考えられなかった。 テレビ電話すらカクカクで、そういう感じで戸惑っていた時代だったわけだ。 10年前には、まだ30年くらい前の価値観を持っていた。俺が生まれる前の時代から続いてきた世界が少しずつ変わっている、その速度で覚悟をしていた。 しかし、その速度はモットもっと激しい。 学問を志していたが、僕の志した学問は完全に情報化の波にのまれた。 具体的には医学だし、医者にもなったけど、まさかこんなに製薬会社の言いなりに統計を出すだけなんて。 科学が学問ではなく、統計結果に対して理屈付けする学問ではない何かになった。 将棋では、AIが出した答えを人間がどうにか解釈するというものになりかけているらしい。 昔は人間が考えて学問の
秋のよく晴れた日になると思い出す。 3歳の秋の日、母が朝からおにぎりを作ってくれて、 「お出かけしよう」と言って電車に乗って遠くに行った。 行き先は山も海も見える田舎町だった。 真っ白い堤防のようなところで、母がベンチに座らせて、 「ちょっとお母さん飲み物買ってくるから待っててね」と言った。 ベンチにお弁当と水筒と上着を置いた。 「わかった、ママありがとう。バイバイね」と言ったら、 母は顔をそむけて走るように去って行った。 私はぼんやり座ってた。山はまだらに赤くて、空にはトンビが飛んでた。 しばらくして母は戻って来て、無言で一緒に弁当を食べて家に戻った。 成人して家を出て行くという日に、母はあの日の話をして、 「あなたを捨てようとしてごめんなさい」と詫びた。 私は当時気付いてなかったふりをしたけど、勿論気付いてた。 それどころか、母があんまりに私の存在を疎んでるのを知ってて、 大好きな母が
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