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言葉と読み物に関するKYOSYOのブックマーク (2)

  • 女子大生にポケベルの話をしてみたら

    少し前に21才の女子大生と事をしていた時のこと。「ポケベル」の話になった。彼女は『聞いたことはあるけど、見たことはないし、使い方も知らない』と。まあ当然だろう。 「メールみたいな感じだけど、数字しか送れないんだよ。後でカタカナとかアルファベットとかも 送れるようになったんだけど、送れる文字数も10字ちょっととかだったしさ」『マジ?それやばくない??で、送るときはそのポケベルから送るの??』「いやいや、それ自体は受信しか出来ないから、送るときは普通の電話から。公衆電話とか」『ちょーめんどくさくない?電話ないとこにいたら送れないじゃんw』「たしかにw でも当時はめっちゃ便利だったし、なかなかいいもんだったよ」『へぇ~w』 こんな感じの会話をして、久々にポケベルのことを思い出した。俺は31歳なので、ポケベル全盛期がちょうど高校生のころ。2年生のときに付き合っていた一つ下の彼女に、連絡が取れなく

    KYOSYO
    KYOSYO 2010/11/13
    当時を思い出すなあ。単に懐かしいだけではなく、コミュニケーションについて大事なことが書かれているので10〜20代にこそ読んでもらいたい記事。
  • 浜崎歌詞に「ケータイ」が登場しないという事実を我々は決して忘れてはならない - kenzee観光第二レジャービル

    kenzee「浜崎あゆみ「Rock'n Roll Circus」vs「to LOVE」問題に移る前に、前から思っていた素朴な疑問を呈してみたい。速水さんが再三、の中で述べているように浜崎の音楽とケータイ文化は密接にかかわっており、二人三脚でこのゼロ年代を駆け抜けた。そのワリには浜崎の歌詞にはケータイが登場しないのだ。たとえば恋人から着信があってうれしいとか一日たってもメールが返ってこない寂しい、とかそういう描写は浜崎ソングには一切ない」 司会者「「何回かけても繋がんないんだけどー」「ゴメーン地下街歩いてたんで電波入んなかったんじゃないかニャー」「最近の地下街余裕で電波入るわヴォケ!」とかそういうリリックがあってもよさそうですが浜崎にはそういうケータイ的なコミュニケーションがまったく描かれてこなかった。これはどうしてだろう?」 kenzee「たとえば浜崎は2001年ごろ、ツーカーのイメージ

    浜崎歌詞に「ケータイ」が登場しないという事実を我々は決して忘れてはならない - kenzee観光第二レジャービル
    KYOSYO
    KYOSYO 2010/09/15
    対象とされる音楽に全く興味がないのに読ませてしまう着眼点の面白さと「ギャル演歌」の造語センス。浜崎と西野の区別がつかない私が読んでも面白いのだから、10〜20代が読んだらもっと面白く読めるんじゃないかなあ
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