いくぞ 恋愛兵器わたし
案外人に希望を持たせられる内容な気がするので残しておく。 18歳 志望校に落ちて浪人 19歳 ネトゲ。受かるところが無い+朝起きれると思えないのでセンター利用で有力な大学の夜間学部へ進学。 23歳 4留。理転だったため無理があった。ネトゲしかしていない通算5年だった。 ここから一念発起して、まずジョギングと筋トレを開始。 毎日5キロを走り、ベンチプレス80キロをクリアできる頃には、教室で90分座ることが可能な状態に復帰。リハビリ完了。 27歳 ちゃんと勉強するようになってみると、数学の面白さに気付いたため数学教師を目指すことに。 またしっかり研究をしたいと考えて大学院へ進学。 31歳 大した成果は残せなかったが、結構本気で研究に打ち込めたと思う。 科目履修しまくって数学教師の免許も取得。 博論が通る見込みは無いので見切りをつけて、私立高校の常勤講師としてデビュー。 結局1年契約の常勤講師な
2019年3月で近畿大学を退職しました。 先日の行動経済学会で「今どういう状態なのか?」という問い合わせを山ほど受けたのと(ありがとうございます)、友人や共著者に「山根はいま何をしているのか」という問い合わせが殺到している現状を鑑み、自分できちんと発信しておこうと思ってこれを書いています。 問い合わせを受けまくった友人・共著者たち、お手数をおかけしました…。今後はこのURLをそっと差し出してください。 読むのがだるい人向けQ&A Q. 今どういう状態なの? A. フリーランスの研究者をしています。複数の民間企業と業務委託契約を結び、コンサルやデータ分析などをして面白いデータと日々触れ合っています。近々法人化の予定です。 Q. 研究者をやめたの? A. やめてません。むしろ研究者に戻るために大学をやめました。 Q. なぜ近大をやめたの? A. いやになったから Q. 日々どう? A. 最高
鹿児島県出水市(いずみし)の山深い場所に「東雲の里」(しののめのさと)はある。 ここは、広大な山の敷地に約10万本のアジサイが咲く大庭園だ。この場所を作り上げたのは、当時看板と陶芸の仕事をしていた宮上誠さんという一人の人物。 もとはジャングルのような手付かずの山だった。今から27年前の1992年、当時46歳だった宮上さんは、この土地の未知なる可能性にロマンを感じ、なたと鎌とつるはしで開墾を始める。この山に理想の蕎麦処と陶芸の窯を作ることを目標に。 無謀ともいえる挑戦。「そのうち音を上げてやめるだろう」という周囲の予想を裏切り、今では多くの人が訪れる観光名所になった。アジサイの時期は鹿児島のみならず、関東や関西、そして海外からも人がやって来る。 ▲園内はとにかく広く、マップがないと道に迷いそうだ(画像は東雲の里HPより) 広大な敷地にはアジサイ以外にも桜や椿、木蓮など多くの花や木が植えられ、
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