幕末というと、司馬遼太郎の小説でおなじみの英雄の活躍する世界で、今さらという読者も多いだろう。本書はそこを一工夫して、「賊軍」の側から明治維新を見る。これは『靖国史観』と同じで、坂本龍馬はテロリストであり、新撰組はテロを防ぐ警察と同じ仕事をしただけだ。 本書の主人公は、勝海舟である。勝は無役の最下級武士の子として生まれた。内職で暮らしを立て、正月の餅にも不自由する家だったという。彼が出世したのは、蘭学の知識と語学力のおかげだった。黒船が来港し、世界情勢の知識のある者が必要になったためだ。当時は幕府の身分制度も崩壊し、家柄や年齢に関係なく能力のある者が重要な仕事をまかされるようになっていた。勝が陸軍総裁として江戸城の無血開城を行なったのは、45歳のときである。 当時、西郷隆盛の率いる官軍は1万余の軍勢で江戸城を包囲し、決戦になれば江戸150万人の市民を巻き込んだ市街戦になるところだった。