金足農を押す手拍子が大音響で甲子園にこだまする。その異様な雰囲気の中で、誰よりも冷静だったのは、球場のど真ん中にいた二塁走者の菊地彪だった。1点を追う九回無死満塁。3球目だ。中泉監督のスクイズのサインが出る。「よし、狙ってやると」 9番斎藤が絶妙のバントを三塁手の前に転がす。菊地彪は「捕った時点でいくつもりだった。三塁手に自分の動きは見えない」。 チーム一の俊足を生かして迷わず三塁を蹴った。「ボールは見ていない。ホームだけを見た」。一塁から本塁への返球と同時にヘッドスライディング。「2ランスクイズは想定していなかった」という近江の捕手有馬の下をダイブするようにすり抜けた。球審が両手を広げた瞬間、逆転サヨナラが完成した。 味方の予想も超えていた。スクイズを決めた斎藤は「よし。追いついた」。中泉監督も「同点になったなと。次のランナーは正直、見ていなかった」。「2―2」では満足しなかった菊地彪の