[#改ページ] 一 博物教室から職員室へ引揚げて來る時、途中の廊下で背後(うしろ)から「先生」と呼びとめられた。 振返ると、生徒の一人――顏は確かに知つてゐるが、名前が咄嗟には浮かんで來ない――が私の前に來て、何かよく聞きとれないことを言ひながら、五寸角位の・蓋の無い・菓子箱樣(やう)のものを差出した。箱の中には綿が敷かれ、其の上に青黒い蜥蜴のやうな妙な形のものが載(の)つてゐる。 「何? え? カメレオン? え? カメレオンぢやないか。生きてるの?」 思ひ掛けないものの出現に面喰つて、私が矢繼早やに聞くと、生徒は「ええ」と頷いて、顏を赭らめながら説明した。親戚の船員のものがカイロか何處かで貰つて來たのだが、珍しいものだから學校へ持つて行つてはと云ふので、博物の教師である私の所へ持つて來たのだといふ。 「ほう、そりや、どうも」有難うとも言はないで、私は其の箱を受取り、龍に似た小さな怪物を眺