「また、和服を着て対局する可能性はありますか」。 すぐ近くにいた記者がそう尋ねた瞬間、私はボールペンを動かす手を止め、羽生善治九段の顔を見つめた。 3月2日。前日にA級順位戦最終局を戦った羽生は、東京・有楽町で開かれた鹿児島の伝統工芸品「本場大島紬」の贈呈イベントに出席した。鹿児島県とは、羽生の祖父の出身が種子島という縁がある。 贈られたのは、共に絹100%で織られた緑の着物と深緑の羽織。三反園訓知事が羽織を着せると、羽生は「軽いですね」と驚きの声を上げた。冒頭の質問は、その後の囲み取材で飛び出した。 将棋の対局のほとんどは和室で行われる。棋士は普段、スーツで臨むが、タイトル戦の際は和服を着るのが慣例だ。将棋取材を担当している私には、その質問は「また、タイトル戦に出る可能性がありますか」という問いと同義に聞こえた。そんなことを、ここで聞いちゃうのか――。