思ったより反応が大きくて驚きました。こんな長文よく読めたな君たち人の不幸話がよっぽど好きだろ。分かる私も好き。 なにより同じ問題を抱えてる人がたくさんいたから、ここまで注目を集めたのかと思います。同じ経験をした人の意見は参考になりました。 夫の金銭問題は解決しましたが、精神問題は解決してません。 どうすれば一番いいのか分からない。ただ借金の立て替えは不可避だったと確信してます。 問題発覚当初、夫には優しくしたり、嫌味を言ったり、色々な態度をとりました。 2日目の夜中は彼を起こして「あなたのこと全然分からなくて怖くて眠れない」と半泣きで弱音を言いました。 そのときに初めて夫の「ごめん」が聞けたので私の気持ちは多少落ち着きます。やっと謝ったかこのうんこ野郎とも思いましたけど。 文中では冷静な良妻を気取りましたが、実際は終始おろおろしてました。 ブコメはざっと読みました。文章ほめてくれて嬉しかっ
アフリカ研究者 白戸圭一 20 東京でセクハラ問題に声を上げる人たち 戦わなかったったテレビ朝日 毎日新聞社の南アフリカ駐在特派員だったころ、アフリカ各地で武力紛争の取材を繰り返した。無政府状態下で銃弾が飛び交うソマリアの首都モガディシオや、政権による激しい人権弾圧が続くスーダン西部のダルフール地方では怖い思いもした。 しかし、誤解を恐れずに言えば、この死と隣り合わせの過酷な状況下で取材することに、私はジャーナリストという仕事の醍醐味を感じていた。目の前の悲惨な現実を、誰かが体を張って伝えなければならないという使命感。ジャーナリストは筆の力で不正と戦わなければならないという責任意識。記者が「マスゴミ」と侮蔑される今日、こんなことを書けば思い上がりか自己陶酔と冷笑されるのがオチだろうが、当時の私は過酷な条件下での紛争取材を繰り返す中で、そうした思いを強くしていった。 アフリカ特派員時代を懐古
「今日はなんでそんなにラフな格好なの?」 3月中旬、東京の中心部でヤマト運輸の配達を請け負っている協力会社の男性ドライバーは、配達先から同じ質問を何度も受けた。 それもそのはず、ドライバーの服装がヤマトの制服から、トレーナーと作業ズボンに変わっていたからだ。このドライバーは3月中旬、勤務する営業所の上司から「制服を月末までに返して欲しい。明日からは派手ではない私服で来て欲しい」と言われ、その指示に従ったという。 制服貸与はクレーム対策で中止? 下請けドライバーが制服を着られなくなったことで、セキュリティ管理に厳しく、入居者の多いタワーマンションで特に問題になっている――。 このような情報を得た記者は、タワマンが林立する東京の湾岸エリアを取材。ある大型マンションでは、ポロシャツとチノパンで配達をしていたヤマトの下請けドライバーから直接話を聞くことができた。男性の胸ポケットには「ヤマト運輸株式
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