タグ

関連タグで絞り込む (1)

タグの絞り込みを解除

平啓に関するOohのブックマーク (2)

  • 「慚愧に堪えない」 - 平野啓一郎 公式ブログ

    松岡農相の自殺の報を受けて、安倍首相が、「大変残念です。慚愧(ざんき)に堪えない思いです。」http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY200705280440.html と開口一番語っていたのが、妙に強く印象に残っています。 「慚愧に堪えない」は、もちろん、恥ずかしくて仕方がない、という意味なのですが、聴く側は、彼が単に誤用していて、真意がそうではないことをすぐに察するのですが、とは言え、言葉の来の意味の引力には、どうしてもある程度、引っ張られてしまいます。その「来の意味」が、殆ど悪戯のように勝手に意識の中に立ってしまうことには、為す術がないです。 もともと後味の悪い事件だけに、聞いていて、余計に複雑な気分になりました。 揚げ足取りのように読まれると、不謹慎な印象を与えるでしょうが、僕の関心はそこにはなくて、書きたかったのは、言葉というも

    「慚愧に堪えない」 - 平野啓一郎 公式ブログ
    Ooh
    Ooh 2007/05/29
    恥ずかしいと残念。正誤どちらの意味も含ませていたりして安倍ちゃん。ところで“~ですが、~ですが”というのはどうなんでしょうか。言葉についてのエントリなのにね@作家。
  • カタカナ表記について - 平野啓一郎 公式ブログ

    前日のブログで、「テレヴィ」と書いて、さっそく、「なんだそりゃ?」というツッコミを受ける。 僕は小説の中でも、よくこの表記をしていて、これまでにも色々言われてきたが、やめません(笑)。 小説だと、例えば、大江健三郎氏なんかも、「テレヴィ」と書いてますね。 まったくの邪推だが、「テレヴィ」が何時までも「テレビ」なのは、「日テレビ」とか、「フジテレビ」とかが社名ごと変えなきゃいけなくなるのがイヤで、読売も産経も「テレビ」のままなのではないかと思ってみたり。しかし、邪推です。 そんなことじゃなくて、「テレビ」はもう、日語として定着しているじゃないか、じゃあ、「ラジオ」はどうなんだ? 「レイディオ」と書くのか? と言われると、確かに微妙。小説の中で、「レイディオを聴いた」と書くのは、さすがに抵抗がある。しかし、それならどうしてRadioheadを、みんな「ラジオヘッド」と書かないのだろう? そ

    カタカナ表記について - 平野啓一郎 公式ブログ
    Ooh
    Ooh 2006/09/19
    “ら致”や“破たん”などの表記は当用漢字制度に起源。JISだったかなぁ?マスコミには書き換えの基準あり。いまは亡き景山民夫を思い出すな。大昔ぶち切れて居た。/それはそうとラフな感じのエントリ。
  • 1