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モータースポーツに関するPopStarのブックマーク (3)

  • ホンダF1の原点ここに 第1号マシンの秘蔵映像発見:朝日新聞デジタル

    自動車レースの最高峰F1に参戦するため、ホンダが初めて製作した第1号マシン「RA270」のテスト走行の秘蔵映像が、半世紀を経て見つかった。車体は解体され、映像の存在も伝えられていなかった。創業者の田宗一郎氏(1906~91)の様子も映っており、世界一に挑む高揚感を伝える貴重な資料だ。 幻の「RA270」 1964年2月、三重県の鈴鹿サーキット。日付は判然としないが18日とされている。ステアリングを握るのは、後にF1チームの初代監督となり、常務まで務めた故・中村良夫氏だ。 当時社長だった田氏が好んだとされるゴールドに塗られたRA270。その運転席を興味深そうにのぞき込む田氏。快調にストレートを駆け抜けるマシンを見て、うれしそうに身を揺らす。その脇には、当時専務で後に副社長を務めた故・藤沢武夫氏の姿も見える。これがテスト走行を収めた約2分の映像の内容だ。F1参戦がホンダの社を挙げたプロジ

    ホンダF1の原点ここに 第1号マシンの秘蔵映像発見:朝日新聞デジタル
    PopStar
    PopStar 2015/06/09
    中村良夫さんの著書に出てくるね。金色は本田宗一郎さんの希望だったとか。
  • 可夢偉の決断「フェラーリから『ばか』と言われたがF1に戻りたかった」 (オートスポーツweb) - Yahoo!ニュース

    小林可夢偉は、フェラーリでのWECのシートを蹴って、資金を持ち込んでケータハムF1と契約したことを、フェラーリからもその他の人々からも愚かだと言われるが、それでもどうしてもF1に戻りたかったと語った。 可夢偉はザウバーで3年間F1に参戦し3位表彰台を獲得したものの、2012年末でシートを失い、2013年はフェラーリのセミワークス的チームのAFコルセでWECに参戦した。 2014年に向けてフェラーリから契約延長のオファーを受けていたにもかかわらず、可夢偉は、F1シートを獲得するための資金を募る「KAMUI SUPPORT」で集まった多額の資金などを持ち込むと共に無償で走るという提案を行い、ケータハムと契約した。 ドライバーとして安定したキャリアを築けるだろうシートを捨てて、昨年F1で最下位ランキングのケータハムに金を支払って契約したことを、フェラーリを含め他人からは愚かであると言われる

    PopStar
    PopStar 2014/03/09
    WECなんかいつでも乗れる。第一、フェラーリはWECで総合優勝できる車がないじゃん。
  • 速報:佐藤琢磨、日本人初のインディカー優勝! | autosport web

    カリフォルニア州ロングビーチで開催されたIZODインディカー・シリーズ第3戦ロングビーチ。予選4番手を獲得した佐藤琢磨(AJフォイト)は、中盤からトップに立つと安定した速さを見せ、日人初となるインディカー初勝利を飾った。

    PopStar
    PopStar 2013/04/22
    F3以来だろうから、何年ぶり? チャンプになってF1に復帰できないかなあ。それにしてもホンダはよく諦めずにサポートしたよ。
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