富野さんの『ザンボット3』は途中で監督を降ろされた『ライディーン』の挫折感を踏まえた作品ですけど、先駆者としての長浜忠夫の『コンバトラーV』、『ボルテスV』に対して、いかに「ここに我あり」と主張せねばならなかったかを抜きにしては、当時としてあの過激(笑)な表現は理解できないでしょう。 『ガサラキ』では助監督ですけど、これを谷口さんの実質デビューと考えると、あの不本意なかたちでの終わり方は、やはり大きな挫折感として刻まれているのではないかと思います。それを受けての『リヴァイアス』ですから、谷口悟朗という名前を強烈に印象付けるインパクトが必要と考えたのだろう、と。 “賛否の分かれる過激な展開”は、「もう次はない」かもしれないというぎりぎりのところから発せられるものだということでしょうか。 私がやっている仕事というのは、「河原こじき」--あくまで芸能の世界に生きる心構えとして、ですが--だと思っ