東日本大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市雄勝町の浜。津波は共助、自給で成り立っていた地域社会ものみ込んだ <スーパー頼み> 住み慣れた漁村を離れて直面したのは、「貨幣経済」の冷たい現実だった。 「年金収入だけではとても間に合わない。都会の生活は大変ですよ」 仙台市内のみなし仮設住宅に暮らす伊藤ふつ子さん(70)が話す。石巻市雄勝町の自宅は東日本大震災の津波で流失。被災後間もなく、子どもを頼って移り住んだ。 雄勝では夫婦でホタテの養殖に従事していた。自宅ではトマトやキュウリ、ナスなどを育てていた。近所からウニやホヤをもらえば、お返しにホタテを渡した。 日常的に現金購入する食材は肉ぐらいだったが、「今は海産物を含めてスーパーが頼り」。支え合いと自給自足で成り立っていたコミュニティーを離れ、暮らしの再構築を余儀なくされている。 <「貧困」深刻化> 伊藤さんは移住後、仙台市中心部であっ
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