ブックマーク / yonosuke.net (2)

  • フィッシャー先生は恋愛と性欲と愛着を分けて考えようとのことです | 江口某の不如意研究室

    瀧浪ゆかり先生という、『臨死!!江古田ちゃん』で有名な優れたマンガ家の人がいます。ずいぶん前のツイートにこういうのがある。 性欲って言葉のあいまいさについて最近考えてるんだけど、セックスしたいって意思が立つ前には「好きな人の一番になりたい」とか「人肌で癒されたい」とか「劣等感を捨てたい」とか「服従させてスッとしたい」とかいろんな欲求があるわけで、でも全部「性欲」で一緒くたにされてるの、雑だなと思う — 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) 2015年12月7日 性犯罪の加害者がよく「性欲を抑えきれず」と言うけど、抑えきれなかったのは性欲じゃなくて嗜虐心や征服欲で、それを満たすために自分と他人の性を濫用したってことでは?と思う。どうしようもない能的な欲に負けた、みたいな言い方で、苛めたい、虐げたいって欲の存在を隠してる気がする。 — 瀧波ユカリ (@takinamiyukari)

  • ハヴロック・エリス先生の売春婦論 | 江口某の不如意研究室

    最近また性の商品化やセックスワーカーの話がネットでもりあがっていて、興味深くながめたりしてます。ここらへんはいくつか難しい問題がからんでて、テツガク的にも実証的にもおもしろいところですわねえ。 いまのネットでは「性的消費」とか(まあ私は「性の商品化」や「モノ化」の方が好み)、搾取、そして自己決定、ってあたりが繰り返され議論されるテーマですかね。「倫理学」とかってのの研究者もどきとしてずっと興味あるところなので、いろいろ考えちゃいます。 ある労働や活動をするときに、それが自己決定の結果であり尊重されるべき場合と、搾取であると考えられて、搾取者に対する非難や、被搾取者のなんらかの保護が必要であるとされる場合との区別ってのはこれはむずかしいですわね。 「セックスワーク」とかについて批判的・懐疑的な人々は、「セックスワークとかっていったって、それは貧困でしょうがなくやってるんであって搾取的なんだよ

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