正式名称は「ピストール・オートマティーク・ブローニング・モデル・ア・グラン・ビザンス(ブローニング・オートマティック・ピストル・モデル・ハイパワー)」であり、アメリカの銃器設計者であるジョン・M・ブローニングが1926年に死去する前に、次期制式拳銃を求めたフランス軍の要求を受けて、FN社より依頼を受け、設計した最後の作品である。ブローニングの他界後、FN社のデュードネ・ヨセフ・サイーブ(FN FALの設計者)が、当時コルト・ファイヤーアームズ社が保有していた構造が同様のM1911の構造パテント[注 1]が失効した1931年を期に改良し、1934年に完成した[1]。 量産された実用拳銃として初めて複列弾倉(シングルフィード・ダブルカラムマガジン)を採用した拳銃で、当時このようなマガジンは軽機関銃・短機関銃・拳銃では、トリガー前に弾倉を持つモーゼルC96以外にはほとんどなく、その装弾数の多さか