『忘れられた日本人』(一九六〇年刊)は、民俗学者・宮本常一の代表作とされている。代表作とされることに別に異存はないけれど、これは果して民俗学の学問的著作だろうかという思いを、私はずっともちつづけている。 思いきって、「旅の本」とでも呼んだほうがすっきりする。旅をした結果、できた本。また旅について人びとが語ったことを聞き書した本。そんなふうに考えたほうが座りがいいのは、宮本常一が生涯にわたって旅をする人、歩く人だったからかもしれない。この歩く人は、地方を歩きながら、人びとの暮らしのなかに入っていって農業技術や生活改革の相談相手になる強力な実践者でもあった。民俗学者の座る場所から、もともとハミ出している。 『忘れられた日本人』は、全十三篇の文章を一つの民俗学的テーマが貫いているわけではない。また、一定の地域を対象にした何らかの報告でもない。一篇ずつが特有の色あいをもつエッセイ群で、そのなかでも