所用があって、昔住んでいた町に立ち寄った。 その時にはもう、私が生まれ育った家はなくなっていたし、近所に住んでいた友人たちもほうぼう散って、そこは故郷でも、私のよく知る町でもなくなっている筈だった。 それでも見慣れた下町の風情や、昔はピカピカしていたマンションが、ベランダに干された洗濯物や布団といった生活に垢じみているのが目に入ると、ちょっとした郷愁が湧き起こって、私は昔よく遊びに通った神社に立ち寄ることにした。 もう日暮れ近い。玉砂利に夕日が差している他は、境内には誰もいなかった。 本殿の脇にある、小さな稲荷の祠の前で猫の親子がのんびりと毛づくろいをしている。 後ろで自転車が止まる音がした。 奇妙な予感にとらわれて振り返ると、少し離れた場所に、やせ細った骸骨のような老婆が自転車に乗ったままこちらを見ていた。 老婆は目を細めて私の顔を見ている。何かを言いたそうにサドルの上でもじもじとしてい
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