微積に関するU-5のブックマーク (2)

  • 楽しいという感覚はうれしいという感情を微分したもののような気がしてきたその次に: KQZ on authentic

    承前。 楽しいという感覚がうれしいという感情を微分したものだとしたら、 哀しいという感情を微分したら、いったいなにになるんだろう。 喜怒哀楽を感情の極とするなら、それは怒りなのかもしれないし、 そうではないのかもしれない。 とまれ、僕らはエンタテインメントの世界にいる人間だ。 楽しいという言葉にくくられるものの中には、 時に怒りや哀切に似た感覚が含まれていることくらい とうの昔から気づいている。 そこには速度ではなく、 もう一つ微分した加速度的なものを考えればいいのかもしれない、 などと思いいたったのだ。 それはf(x)上にいる者にとって考えてみれば、 いち時間切片での減速(怒りや哀切)に振り回されてはいても、 二次微分したさきのトルクをうっすらと信じてさえいれば そのジェットコースターを楽しむことすら許される、ということなんだろうか。 その先に待っているだろうカタルシスとしての加速と、

    U-5
    U-5 2005/09/11
    私は今までどの程度加速度を認識してきただろう?
  • 楽しいという感覚はうれしいという感情を微分したもののような気がしてきた。: KQZ on authentic

    久しぶりにSMAP×SMAPを見たら木村・中居の二人が草なぎ・稲垣メンバーをいじめて笑っている番組になっててあららららだったのが大道具と小道具チームががんばっていて質は高いのでまぁいいかを感じたり。 んなことはさておき。 (追記:稿はUBIMEMOを使ってケータイ電話で打ち込んだものをそのまま出してますんでまとまりきってないのはそのせいだったりするです。いやUBIMEMOのせいではないんですが取り急ぎのいいわけでおま) 今日はぼんやりとしながら「はて楽しいってなんだろう」ということを縷々考えていたのだ。 とりわけインタラクティブメディアのそれを。 「楽しい」はどこかプリミティブな根っこのところで「うれしい」につながっているような気がしてきて、 そうしたらこんな変なタイトルになってしまったというわけなのでして。 ココらへんと並べるとあの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するんだろうな感

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