学術俯瞰講義(Global Focus on Knowlege Lecture Series)のホームページは http://www.gfk.c.u-tokyo.ac.jp に変更になりました。
ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』第四篇第八章に“civil religion”というよく分からない概念が書かれている。長さにして2頁くらいで、本当に最後の最後に唐突に出てきて、それきりになっている。学部学生時代、ハンナ・アレントの文献を読むゼミに出席していた時、当時の政治思想史の教授がふっと、「あれ、よく分からないんだよね」と言っていた。なぜこの話が出てきたのかは、私はもう憶えていないが、たぶんギリシャの政治と宗教の問題をアレントが論じていた時に、教授が思い出したのだろう。 ニコロ・マキャベリは、領主としてのローマ教皇の存在がイタリアの統一を妨げていると考えていたのは有名なわけだが、彼の宗教としてのキリスト教に対する否定的な感情は、『ローマ史論』の中に出ていて、要するに「キリスト教は共同体への英雄的な献身を生み出さないが、異教(古典古代のギリシャ・ローマ)の宗教ではそれを讃える」と
ヨーロッパの言語教育 グループC : 原 拓充、川崎 緑、小藤紘稔 2001年12月7日(金) 題名の通り、Cグループは、言語教育についての発表を行いたいと思う。しかし、中世の言語教育についての資料は乏しく、その点について深く述べることが出来ない。従って、この発表では、少々切り口を変えて、ヨーロッパの言語教育の移り変わりについて大まかに説明したいと思う。 �@ 古代と中世 ローマ帝国の創業以前、ローマ人は第2言語としてギリシア語を学んだ。しかし、ローマ帝国の版図が拡大するにつれ、他の諸民族がラテン語の学習を始め、遂にはラテン語がヨーロッパ諸国の国際語、教会や政府の言語となり、また学問のための唯一の言語となった。その為に、ヨーロッパにおける言語教育の最初の関心事は、ラテン語教育に関するものであった。中世を通じてラテン語は教育のための言語であり、故に教育はラテン語文法にほぼ限定されていた。が、
MIYADAI.com Blog (Archive) > 間もなくマル激本第四弾『天皇と日本のナショナリズム』が出ます。まえがきです。 « 東京カワイイ戦争に参戦? | 本日、僕が企画に関わった『ETVワイド』(「団塊の世代」特集)がオンエアです! » ■安倍晋三内閣の誕生直後に前書きをしたためている。2006年9月26日。安倍首相個人の資質について取り沙汰されているが、それよりも問題にするべきは、この「ナショナリズム」を賞揚する首相の内閣支持率が、発足当初ではあるものの、七割前後に及ぶことだ。 ■前小泉内閣の支持率も一貫して五割前後だったが、結論から言えば、「この種のナショナリズム」が大々的に通用することの背後に、戦後史に関わる「健忘症」を見出さざるを得ない。そしてこの「健忘症」は何よりも「象徴天皇制」を巡って際立っていると感じる。 ■最初に断っておけば、私(宮台真司)は旧東側や戦前日本
MIYADAI.com Blog (Archive) > 最近「富田メモ」問題について対談した際の、宮台発言ピックアップです « 「感情のポリティクス」が横行する背景に、「セカイ系」の人々が量産される現実があることを書きました | [videonews.com] 丸激トーク・オン・ディマンド更新しました(まとめて告知) » 最近「富田メモ」問題について対談した際の、宮台発言ピックアップです。 これに先日アップした「A級戦犯合祀問題」に特化したコメントを合わせれば、僕の靖国問題についての立場の全体像になります。 ──────────────────────── ■[富田メモ公表について]僕にはモダニスト的な公的見解と、リアリスト的な準公的見解があるよ。モダニスト的には天皇主義と結合したナショナリズムはあり得ないが、リアリスト的には北一輝の言う「土偶を崇める」民度の日本では「仕方ない」。つまり
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