昨年は母が徐々に死んでいったので、死について考えることが多かった。 きっかけのひとつは宮下洋一『安楽死を遂げるまで』で、これは日欧各国の安楽死制度あるいはそれに向かう取りくみについてのルポルタージュだ。わたしは死は選べるものであってほしいと思っているので、その立場から読んだ。そのとき母は存命で、たしか薦めた気すらする。 中身の要約はいろんな人がしているから感想を述べると、自分で腕に刺さったチューブのコックをひねって「遂げる」のを、わたしはすごく素敵だと思った。すべてを片付けて(それがどれだけ大変なことか)、選択して死にいたる、それはとても理想的なことだ。そういう特権的な死に対して、わたしは希望を抱いた。それからそれがもし万人に許されることだったら?と仮定をしてみたけれど、やはりそれは魅力的だった。 もちろん安楽死が合法化されるためにはいろいろな議論を乗り越えなければならず、たとえば望まない
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