直木賞受賞作家という肩書きもなければ自らの名前もない旅のなかへ。「場所と人の関係というのは、恋愛にひどくよく似ていると思うときがある」と、自身のエッセイ『恋愛旅人』で語るとおり、角田光代さんはまとまった時聞がとれるとそそくさと荷物をまとめ、恋人に会いにいくがごとく旅へとでかける。彼女のスタイルは、とにかくよく歩くこと。自分が住んでいる町でも迷うほどの方向音痴だからなのか、何日もかけて町中を歩きまわって観察する。それはまるで、そこで暮らす人の生活や習慣、匂い、音といった町そのものを体の中に染み込ませていくかのように。路地や家の中、屋台といった、今、見えるものだけでなく、時間を越えた普遍的な空間そのものを見つけるかのように。そうして夜は土地の酒を飲んで、さらに町との距離を縮めていく。そこで彼女は丸い目をじっと見開き、新しい友人の顔をのぞき込みながら、興味深げに話しに耳を傾ける。そんな観察者であ