2009年12月17日のブックマーク (2件)

  • 書くことがないというのは考えてないというのに近い: DESIGN IT! w/LOVE

    不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 昨日ちょっとインプットとアウトプットのことについて書きましたが、アウトプットという点では、書くことがないというのは考えてないというのに近いんだろうなと思います。 書けるくらいに考えているかどうか。それに満たない考えというのは、たぶん意識がゆらゆらしてるだけであって考えてるとはいわない。 もちろん、この「書く」は、絵を描く、見積もりを書く、ワイヤーフレームを描く、日記を書く、ブログを書く、報告書を書く、など、いろんなアウトプット形式があっていい。ただし、ある程度の量はないと考えというのはまとまったり展開したりしないので、140文字だと話にならない。 考えるというのは頭のなかでアウトプットを構成し組み立て展開する作業だと思います。自主的に「書く」という行為を行っているかは別にし

    aclr
    aclr 2009/12/17
    アウトプットの質は思考レベルを量る指標になるとは思うけど、思考言語と自然言語の距離には個人差がある。
  • プレゼンテーションに悩むすべての人達のために:プレゼンテーションの世界標準「構造的プレゼンテーション」 - Kazu’s Blog

    国際会議で欧米の人のプレゼンテーションを聞いたとき、こんなことを思ったことはありませんか? 内容的には、それほど大したことないが、彼らはプレゼンテーションがうまい。大したことない話でも、いい話のように聞こえる。その点、日人は下手だよなぁ、と。 実は、欧米の人たちは、子供の頃から、下記に述べる「構造的プレゼンテーション」の教育を受けているのです。下記は口頭プレゼンテーションを前提に述べますが、文章でも、基は同じです。以前、ドイツで、小学校の時からドイツで暮らしている日人の方から伺いましたが、ドイツでは小学校のときから、文章を書くときは構造を意識せよ、ということをしつこく叩き込まれるそうです。 プレゼンテーションの世界は実は非常に奥深く、極論すれば、内容に応じて、内容の数だけ、それにふさわしいプレゼンテーションのスタイルがあります。ですが、まずはプレゼンテーションの基形を身に付けましょ

    プレゼンテーションに悩むすべての人達のために:プレゼンテーションの世界標準「構造的プレゼンテーション」 - Kazu’s Blog