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ヴォネガットに関するamenotorifuneのブックマーク (3)

  • 斎藤環【カート・ヴォネガット 「無害な非真実」の伝道者】

    八〇年代に、ちょっとしたヴォネガット・ブームがあった。若き橋治が『スラップスティック』を絶賛し、ゼルダのサヨコは「スローターハウス」を歌い踊った。だから僕も学生時代に、ヴォネガットの作品はほとんど読んでいた。彼の代表作を、あの素晴らしい日語で読ませてくれた浅倉久志、伊藤典夫の両氏にあらためて感謝したい。 「愛は負けても親切は勝つ」。これがヴォネガット最大のテーマである。彼のエッセイでそれを知って以来、僕はこの言葉を至るところで引用してきた。とりわけ治療場面で。治療が不可能な患者であっても看護は可能であるように、かけらも愛がなくても「親切」にすることはできる。ニヒリズムの極北から生まれたこの思想が、このうえない寛容さにつながることは、アイロニーなのかユーモアなのか。もちろん後者だ。 ヴォネガットのユーモアは、廃墟の中で、どうしようもなく孤独な人間によって発揮されるそれだ。それは無残なトー

  • ▼ヴォネガットのさいごのはなし(イル・コモンズのふた。)

    「もうこのが最後で、これきり ヴォネガットの話は、もうきけない のだなぁ。。。」と思うと、あだや、 おろそかには、よめない。だから、 買ったけど、まだ、よみはじめて ないし、もったいなくて、とうぶん、 よめない。これから先、いざという ときのための非常用常備薬として 大事にとっておこうと思ってる。 ヴォネガットの最後の著書、 「国のない男」邦訳、今日発売。 英語版のカヴァーはヴォネガット 直筆のシンプルな横顔のイラスト だったけど、日語版の表紙は、 むこうの世界からこちらの世界を じっと見守っているような写真で、 ちょっと、ぅるっときてしまった。 ヴォネガットのいなくなった世界で、これから誰が代わりに人間について語って くれるのだろう。人類学者や哲学者たちが人間について語らなくなった時代に、 ヴォネガットという語り部の喪失はとてつもなく大きい。いまさらながらにそう思う。 チリンガ・リン

    ▼ヴォネガットのさいごのはなし(イル・コモンズのふた。)
  • ▼さよなら、ヴォネガット | イノレコモンズのふた。

    カート・ヴォネガット(1922-2007) ▼小説家のカート・ヴォネガット氏が死去 米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)によると、米作家で1960―70年代の若者をとらえた対抗文化(カウンターカルチャー)の旗手、カート・ヴォネガット氏が11日、ニューヨーク市内で死去した。84歳。関係者によると数週間前に転倒した際、脳を損傷し治療を続けていた。1922年、ドイツ系移民の子としてインディアナポリスで生まれた。第2次世界大戦で従軍中にドイツ軍の捕虜となり、連合国側によるドレスデン爆撃を体験。これが後に作家としての原体験となった。ユーモアとペシミズムが織りなす独特の語り口で、米文化の衰退や人間の存在の意味を問う作品を著した。その作品群により、ベトナム戦争に悩む若者たちにとって文学的な偶像となった。52年の「プレイヤー・ピアノ」で登場、ドレスデン体験に基づいた69年の「スローターハウス5」は代表作の

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