僕は「水没ピアノ」がすごく好きだ。本当にいい作品で、佐藤友哉の最高傑作だとずっと思っているし、たくさんの人に読んでもらいたい。最初読んだとき、この人の作品はいつもそうだが、序盤は全然面白くなかった。瑞々しいとでも言えば誰か満足するのか、若い作家にありがちな、文芸に憧憬を抱いて取り澄ましてみせたような修辞が過剰な一人称。佐藤友哉はどうしてもこういう端正さを求めたいのかもしれないけど僕は好きじゃないなあと思いながら読み進めた。しかし、この小説は最後にその文章も含めてすべては用意された舞台だったということを明かして、まんまと僕を裏切ってくれた。 僕はこの、佐藤友哉が種明かしを始める瞬間がとても好きだった。このころ、彼のクライマックスはいつも、はにかんで、やる気がなさそうに、めんどくせえなあと言いながら巨石をひょいと持ち上げるようにして、超面白い、読者を楽しませるエンターテインメントとしての物語を