この国には、「ご冥福をお祈りします」という奇妙な言葉がある。 「冥福」ということは、それは死後の命があることを前提に話をしているということであり、その話者にはとうぜんその死後の命がどういう宗教観に基づいたどういうものであるかを説明する責任が生じる。世界宗教と呼ばれるものには明確な死後の世界観があるし、だからこそ世界宗教になりえたとも言える。「死」という耐え難い恐怖に対してアクロバティックな説明をほしがる人々は、いつの時代にも普遍的に存在するからだ。 しかし、誰かが死ぬたびに「ご冥福」と言いつのる人々は、そういった或る宗教に基づいた世界観を持っているとは思い難い。というよりもむしろ、そういった死生観について考えることを放棄するための、あるいは「死」という厳然たる期が自分にも訪れることを忘れるために、「死」の存在を他人事として無化するためのクリシェとして使われているのが実際ではないか。 百
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