一 ある日の事です。お釈迦様はいつものように極楽の蓮池のふちを、一人でぶらぶらと歩いていました。池の中に咲いている蓮の花からは、何ともいえないいい匂いが、絶間なくあたりへ溢れています。極楽は丁度朝なのでしょう。 やがてお釈迦様は水面を覆っている蓮の葉の間から、ふと下の様子を見てみました。この極楽の蓮池の下はちょうど地獄の底に当たり、水晶のような水を通して見れば、三途の河や針の山の景色が、双眼鏡で覗いたかのように、はっきりと見えるのです。 するとその地獄の底に、神田タカシという男が一人、他の罪人と一緒にうごめいている姿が目に留まります。神田の様子を見ていると、やがてお釈迦様はよく似た男のことを思い出しました。 その男の名前はカンダタ。カンダタは色々悪事を働いた大泥棒でしたが、小さな蜘蛛を助けた(踏み殺すのをやめてみた)という善行の経験があったのです。それを鑑みたお釈迦様は蜘蛛の糸を降ろし、地
シリコンバレーで日本を想う シリコンバレーに住んでいます。気ままな個人ブログですのであまり真剣に取らないでくださいね! 昨日、アメリカ人の女性作家が「私はこんまりが嫌い」とツイートしたというニュースが出ていたので、それについて書きたいと思います。日本語の記事では、まるでこの作家がアメリカで少数派のような書かれ方をしていて、それが英語を喋らない人たちへの差別に基づいているから、批判されている、というような論調が表に出ていたので、こちらに住む日本人の私は両方の言いたいことというか本音が痛いほど分かるので、ちょっと解説しておこうと思います。この作家が言った「私は散らかす側の人間」と言った意味も…。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190206-00010017-abema-soci まず、私は日本人なのでこんまりさんの提唱する「ときめくものだけを残して、
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