「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいま――」 「前フリ長い! さっさと桃太郎を出発させてよ!」 「は?」 子供達からの要求に、老人は目を丸くした。 老人はいまどき珍しい「紙芝居屋」だった。二十歳の頃から紙芝居を始め、この道六十年の大ベテランであり、子供達の心を掴むその巧みな語り口には定評があったが、三十年ほど前から紙芝居そのものの需要が激減し、ここ二十年は人前で紙をめくることすらなかった。 ところがこの度、近所の小学校の校長から「子供達に古き良き文化を教えてほしい」との要望があり、物置の奥に眠らせたままだった紙芝居道具一式を取り出し、子供達の前に現れたのだ。奇想天外な物語に心躍らせる、あの子供達の顔をまた拝むことができるなんて――。 しかし、昔話の大定番「桃太郎」を語り始めたときに、それは起きた。 「いいからおじちゃん、早く桃太郎出して。桃太郎が出てから面白いんでしょ!」