森茉莉『贅沢貧乏』 笙野頼子(下) [掲載]2007年03月04日 ■冥府への通路近くで繰り返しお喋り聞く 二十代初め、大学まで徒歩数キロ。小野篁(おののたかむら)が冥府への通い路にした六道珍皇寺の側(そば)に下宿し、休日は通学路と反対側の、鳥辺野に歩いた。市電道の書店の文庫の棚、私はある日彼女に出会った。親はマンションにしろと言ってくれたのに、望んで住んだ古屋、イタチが遊ぶ庭付きの六畳で彼女のお喋(しゃべ)りを、繰り返し聞いた。ある日は彼女の文章(しぐさ)をまねしてみた。でも、無理だった。やがて長く付き合うようになった彼女をモデルに、私は評伝まがいのフィクションまで書いた。自分の人生と彼女の人生を勝手にクロスさせて。 書きはじめ上京した時、彼女はまだ生きていた。でも現実の私は結局、彼女に一度も会うことができなかった。 「夢こそこの世の真正の現実。そうして宝石」……森鴎外の長女、明治の令嬢