ブックマーク / bgabdc.exblog.jp (3)

  • ぽよといっしょ : 水晶探し

    あまりにもいい天気なので、昨日は中津川に栗きんとんをべに行きました。 ここは栗きんとんが有名で、何と8軒の和菓子屋をめぐり、べ比べ。 どこも栗と砂糖と水が原料なのに、味が微妙に違って面白かったです。  @@@ 午後から鉱物博物館に行きました。 ちょうど水晶探しの催しをやっていました。 石英交じりの土の中から水晶を探すのです。 ぽよは大張り切りで、次々と何か探し出しては先生に「これは水晶ですか?」と聞いています。そのうちに、自分でも水晶なのか石英のかけらなのか区別できてきたようです。 ぽよに教えられて、私も重い腰をあげました。 初めはただの土にしか見えないのですが、目が慣れてくると不思議に1cmにも満たない水晶が見えるようになるのです。 ちょうど人混みの中で、知った人の顔が目に飛び込んでくるような気持ちです。 「知る」ということは、まず区別できるってことですね。 区別して名前を付けること

    azumy
    azumy 2007/10/21
    『「知る」ということは、まず区別できるってことですね。』
  • ぽよといっしょ : みんな違ってみんないい

    azumy
    azumy 2007/09/26
    むしろ3.の「ピカチュウ語からの学び」が気になってしまった私。
  • ぽよといっしょ : 与えられる

    先日勉強をしていて分からない問題のあったお兄ちゃん、逆切れ。 「だって、教えてもらったことないもん!」 「分からなかったら、調べろ〜!」 実は、この時ドッキリ。 学生時代、サークルの友人に「だって、誰も教えてくれなかったもん」と泣かれ、ちょっとトラウマになっている言葉なのでした。 この時は内心(何で泣いちゃったの?)とオロオロしつつも、大学生にもなって「教えてもらうこと」が当たり前だと思っている彼女にビックリしたのでした。(彼女は今は立派な塾の先生になりました) 考えてみれば、自分もずっと「与えられ」続けてきた様な気がします。 学校の授業、たくさんの習い事。 テレビも「与え続ける」ものですよね。(私の感覚では「時間を削られる」。つけっぱなしにすると、やっていることが中途半端になるような気がします) ゲームに抵抗感があるのは、楽しみさえ「与え続けられる」ような先入観があるからかもしれません。

    azumy
    azumy 2007/05/31
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