保坂和志は『途方に暮れて、人生論』のなかで、こんなことを書いている。 人生とは本質において、誰にとっても、「遅く生まれすぎた」か「早く生まれすぎた」かのどちらかを感じるようにできているものなのではないか。つまり、個人が人生において直接経験することなんてたいしたことではないし、他人に向かって語るべきものでもない。/ どう表現すれば人に伝わるかわからないのだが、自分の人生においてすら、自分が当事者であることは些細なことなのだ。(p.19) “遅く/早く生まれすぎた”感じ、というと、俺はビーチ・ボーイズの"I Just Wasn't Made for These Times"をおもい出す(邦題が"間違った時代に生まれた")のだけど、ジム・フジーリはこの曲について、『ペット・サウンズ』のなかでこう書いていた。 この曲を聴いたときに僕は思った。ああ、こんな風に感じているのは自分ひとりじゃなかったんだ
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