1963年末に創刊した『別冊マーガレット』は、1972年には日本の少女月刊誌初の100万部を突破した。この売れ行きを支えたのは、1966年9月号にはじまった「別マまんがスクール」による新人育成システムである。月1回定期的にまんが家志望者の投稿作を細かに添削する、まさに学校(スクール)制度のようなこのシステムは、当時一般的ではなく、画期的なものであった。 100万部時代到来時の看板作家、美内すずえ、和田慎二、忠津陽子などを輩出したこのシステムは、すぐにジャンプをはじめとする集英社のまんが誌全体に採用されてゆき、同社の「新人育成主義」を築く礎となる。 その後もこのシステムのもと、くらもちふさこ、槇村さとる、魔夜峰央、三原順など多くの才能あふれるまんが家が登場した。まんが家であった鈴木光明は、当時の編集長、小長井信昌とともにこのシステム確立に貢献し、1971年からの『別冊マーガレット』での直接の