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2010年5月8日のブックマーク (1件)

  • 江戸の醜聞愚行

    安永五年(1776)十月の初め、あらめ橋のたもとで、浅草鳥越の秋田新田藩の屋敷で勝手向を勤める細田藤兵衛が斬り殺されたが、犯人は知れなかった。 二十四日になって、訴人する者があって浪人の島田久助の仕業とわかり、召し捕られた。 もともと、藤兵衛と久助は秋田新田藩で同役だったが、不正があったとしてふたりとも調べを受けた。 藤兵衛は悪知恵が働き、口もうまい。すべてを久助に押し付けた。 このため、久助は藩を追放されて浪人となった。いっぽうの藤兵衛は軽微な叱責を受けただけだった。 十月の初め、久助は堺町の芝居見物に出かけたが、金がないため、席は一番安い切落だった。 ふと、桟敷に藤兵衛がいるのに気づいた。身なりもよく、かなり裕福な様子である。 「つい先日まで肩を並べる同役だった。いま、俺が浪人なのに対し、やつは羽振りがよさそうだ。俺がこうなったのも、やつの讒言のせい。くそう」 もはや久

    belka333
    belka333 2010/05/08
    むかし話し的なものかな?俗物的な分おもしろいなー