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戦史に関するbeth321のブックマーク (3)

  • 第5回 ヒトラーが最後の日々を過ごした地下壕 ドイツ・ベルリン

    第2次世界大戦末期、アドルフ・ヒトラーが身を潜ませていた総統地下壕(フューラーブンカー)は、自らが支配する「千年王国」の司令部となるはずだった建物の真下に造られた地下壕だ。ヒトラーはここで最期を迎える。戦後、地下壕はベルリンの下で朽ち、民衆の目に触れないよう封印され、人々の記憶から薄れていった。 ■ヒトラーの地下の王国 総統地下壕はビルヘルム通り77番地の旧総統官邸の地下にあり、出入り口は総統官邸の庭に設けられた。地下施設の建設は、1936年からと1943年からの2回に分けて行われた。もともとは空襲を避けるための防空壕だったが、戦況が不利になるにつれ、地上の官邸に替えて司令室として使うようになった。 地下壕の施設は上下2階に分かれ、階段でつながっている。各階に鉄のドアと隔壁があって、必要に応じて往来を遮断できるようになっていた。ヒトラーはおもに地下約15メートルの下の階にいたという。 地下

    第5回 ヒトラーが最後の日々を過ごした地下壕 ドイツ・ベルリン
  • 古代ローマから英国海軍まで欧州を中心に近代以前の海戦の歴史 | Kousyoublog

    序章 船の誕生船の誕生がいつのことだったか、はっきりとしたことはわからないが、少なくとも紀元前八千年頃にまで遡ることが出来る。 有史、人類は木の幹を束ねて「筏(いかだ)」を作り、長い棒きれを「櫂(オール)」にして海に浮かべ沿岸に漕ぎ出した。あるいは筏ではなく丸太を一浮かべただけだったかもしれないし、皮袋だったかもしれない。次の段階、束ねた木の前方を削り流線形にしてより進みやすく改造する。「船首」と「船尾」の区別の始まりだ。やがて巨大な樹木をくり抜いたカヌーや、木々を組み合わせた骨組みにパピルスやイグサ、丈夫な樹皮を張り付けて防水加工した船を造り始める。 紀元前四千年中期、世界最古の帆掛け船がメソポタミアに登場、紀元前四千年後期のエジプトでもより改造された帆掛け船が見られるようになる。「マスト」と「帆(セイル)」の誕生は最初の画期であった。ゆっくりと技術革新を繰り返しつつ海上移動・運送に使

    古代ローマから英国海軍まで欧州を中心に近代以前の海戦の歴史 | Kousyoublog
  • 太平洋戦争の盲点とその戦略的解答 - 長沼伸一郎 presents パスファインダー物理学チーム

    太平洋戦争の盲点とその戦略的解答 (20040506初出、20130905加筆、20130909再加筆、20130912「勝敗のバロメーターとしての『戦略線の長さの比』」追加) 実のところ今まで私は、太平洋戦争に関するシミュレーションというのは、それほど真剣にやるつもりはなかったんです。ところがどうも、先日アップした知的制海権のための作戦計画案を振り返ってみたところ、どうもパターン面で共通している部分がかなりあって、それが結構馬鹿にならないぐらいのものであるらしいことがわかってきました。そうなると完全に無視しておくというわけにもいきません。 それにまた一般的な問題として見ても、とにかく社会全体で、太平洋戦争というのは何をどうやっても勝つ方法はないというのが完全に常識に化してしまっていて、国家戦略を考える場合にそこで思考停止に陥ってしまうことが多いように思えます。 ところが例の知的制海権のた

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