現代の日本児童文学において、非マッチョな作品を好む男子の受け皿となる作品が少ないのではないか?という話。 「また、いずれの学年も男子の不読書が多く、女子の不読者が少なかった。」 第58回学校読書調査結果発表|2013年(国内)|子どもの本と図書館の動き|子どもと本の情報・調査|国立国会図書館国際子ども図書館 http://www.kodomo.go.jp/info/child/2013/2013-005.html
![児童文学における「読む男子」の受け皿](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/1b4c8f70db47c5cdc0fa6ce70fd24d853c3c0285/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fs.togetter.com%2Fogp2%2F6e11784a5f2b1c931c65bb56591ec6b7-1200x630.png)
はじめに 『S-Fマガジン』2014年6月号で、三村美衣の監修による「ジュヴナイルSF再評価」という特集が組まれました。ところがこの特集、ジュヴナイルSFテイストのあるライトノベルの話ばかりで、肝心の児童書として出版されているSFが脇に追いやられてしまっており、物足りないものになっていました。 三村美衣による通史解説は、かつてジュヴナイルSFの黄金時代があっていまは廃れてしまったが、実はアニメやライトノベルにその魂は継承されているという物語になっています。そのため、いまも優れたジュヴナイルSFが多数出ているという事実がないことのようにされています。アニメやライトノベルについては、具体的な作品名を挙げて論評しているのに、21世紀以降に児童書として出版されたSFについては、レーベル名を列挙するだけで作品や作家に対する具体的な論評はありません*1。これでは、児童文学の事情を知らない読者が、21世
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