犯罪の多発ということがマスメディアでよくいわれます。このまま犯罪が増加を続ければ、いずれこの日本の社会は身動きが取れなくなってしまうだろう、というきわめて暗い認識です。しかし「暗い認識」であるにもかかわらず、それを語る人達がそれほど暗そうではなく、「暗い認識」を再生産している気配、これが犯罪報道の世界の常態です。少しも暗そうでなく、その「暗い認識」が語られ、誰が話しても同じような言葉が新聞やテレビに現れ、数日もたてば忘れ去られていきます。 カントがその実践理性論で、本当の悪とは悪をなしたかどうかではなく、悪を他人事のように語る精神的闘争状態のなさだ、ということの切実さが露ほどもこの国にはないかのように思えます。殺人事件の殺人という行為を倫理的に批判することは、実は途方もないほどの不可能性をもっているかもしれないのです。なぜならば私達の大部分は、殺人行為や殺人の故意と無縁なまま、その一生を終