「好き」を扱う言説には力関係が関わっている。 社会の中で歓迎される「好き」と、歓迎されない「好き」とがあって、 屈託なく表明することのできる「好き」と、それが許されない「好き」とが、しっかりと存在している。そこに、力関係の強弱がある。 そして、「弱い」部類の「好き」をもっている人間はどうするかというと、 言っても歓迎されないために、むしろ傷つくことが多い、ああ、ここではこれを「好き」って言ったらいけないんだな… ということを「学んで」いく。内向していく。クローズドになっていく。 出版業界ないしコンテンツ業界においては、「腐女子」はドル箱化しつつあるけれども、実際、世の中規模でみたら、 「女の」「オタクの」「好き」なんていうものは、いわば底辺レベルのものだろう。 「腐女子」がもぐってきた理由というものは、それが分かっていたのでそうしていた、ということじゃないんだろうか。 腐女子をめぐる軸は二