寝静まる真夜中の街。 対局室の光は消えない。 死闘を終えたばかりの男が2人いる。 瀬川晶司、47歳。 今泉健司、44歳。 勝った者は安堵の囁きをもらしている。敗れた者は自嘲の笑みを浮かべている。両者とも髪は乱れ、ネクタイは緩んでいる。紅潮した顔は白熱の余韻を漂わせている。 2018年3月15日、東京・千駄ヶ谷、深夜零時。新しい日付を迎えても4階の対局室「飛燕」での感想戦は続いている。戦い終えた勝負を互いに振り返り、読み筋を語り合う儀式である。 第76期順位戦C級2組最終10回戦。瀬川五段対今泉四段戦は午前10時に始まり、昼食休憩と夕食休憩を挟んで夜戦に突入した。2人が何度も繰り返してきた一日のリズムだった。 激闘の果てに、瀬川は勝勢を手繰りよせた。正着を重ねれば勝利に辿り着ける戦況だったが、持ち時間を使い果たして一分以内に次の手を指さなくてはならない「一分将棋」の切迫に追われ、失着を指す。