東京は美術館も多いし教育にいい!文化資本が多いとはそういうことだ! ってのを言ってるの、ギャグだと思ってたら真面目に言ってる人がいて仰天したわ。びびびびび、美術館てwww 体系的に美術を学んでない人間が美術品なんか見て何の意味があるんだよマジで。 お前がその餓鬼がテート美術館展なんか見て何の意味があるの?いや「そういうところが教養がないんだよ」みたいに言うゴミもいそうだけどさ、 美術の教養なんて活かせるのは上級の中でもごく一部の人間なの明白だよね?
フェミニズム文学批評とかいう文学批評の中でも特にカスみたいな評論の分野。最近はアニメ・ゲームなどのサブカルコンテンツにも手を伸ばしている。最近も某フェミニストが某ゲームは女性を貶めるものと批判していた(彼女の場合あまりにも的外れなことを言っていたのですぐに論破されていたが)。 こういう批評がまかり通ってしまうと、今度は女性向けコンテンツも萎縮させてしまうおそれがある。私は女性であり、男性をケモノ化させたり、凌辱したりするようなえげつないR-18コンテンツも好む。これは彼女らが批判しているコンテンツの男女をただ逆転させただけのものだ。フェミニズム文学批評のせいで、これらが非公開になったらと考えるととても辛い。 文学や芸術作品を規制してなにか世界が変わるとも思えないので本当にやめて欲しい。
京都大学で13日におこなわれた公開セミナー「人文学の死――ガザのジェノサイドと近代500年のヨーロッパの植民地主義」【既報】より、藤原辰史・京都大学人文科学研究所准教授の基調講演「ドイツ現代史研究の取り返しのつかない過ち――パレスチナ問題軽視の背景」の要旨を紹介する。 □ □ 今日の問題提起は、ドイツ現代史研究者の一員である自分にも矛先を向けたものでもある。 ドイツ現代史研究者は、パレスチナ難民やイスラエルの暴力をまったく無視しているかといえばそうではない。批判も多々してきているが、当事者意識が欠落している。たとえば、パレスチナ問題を「生成」した問題として扱い、きわめて「他人事」として起きている「かわいそうなこと」という倫理的問題として捉えがちである。その「上から目線」がパレスチナ問題を見る目を曇らせているように思う。 そして、パレスチナとともに中東欧や南欧へも関心が低すぎる。ド
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