お昼休みに中島らもさんのエッセイ『愛をひっかけるための釘』を読んでいたら、こんな文章が出てきた。 この世のものならぬ至福の中に自分があればあるほど、いつかそのめまいに似た幸福に終わりがくるであろう予感も確固たるものになってくる。 (中略)時代が変わり、人が変わるたびにさまざまな表現で言いあらわされるけれど、本質はすべて同じことである。「生者必滅(しょうじゃひつめつ)、会者定離(えしゃじょうり)」「会うは別れの始めなり」「君よ盃(さかずき)受けとくれ、どうぞなみなみつがせておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生だ」なのだ。あいかわらず中島らもさんの書く文章はユーモアと知性と研ぎ澄まされた感性にあふれて素敵だな、と思っていたのだけれど、この文章の「君よ盃(さかずき)受けとくれ、どうぞなみなみつがせておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生だ」という引用にものすごく惹かれた

