ブックマーク / note.com/tanahashi (2)

  • わからないことに立ち向かう方法を想像することをデザインという|棚橋弘季 Hiroki Tanahashi

    実は、「正しさ」なんてものを信用したことは一度もない。 何かがその時々の状況に応じて「適切である」ことはあって、その選択がその条件のもとで正しいことはあっても、何かが無条件に正しいなんてことはないと信じている。 だから前回「牛、蜂、そして、百合の花」で書いたような、古代エジプト人たちが「変身」という思考装置を用いて世界を理解していたという話にしても、いまの僕らにとってはまったくもって「あり得ない」ことだとはいえ、その思考が「正しくない」なんてことはないと思うし、その思考は十分その条件下においては論理的だし「正しい」。 そういう思考のオルタナティブを示してくれるからこそ、そうした過去の人類の信仰や文化に触れたりすることは楽しい。自分たちがいかに凝り固まった考えに囚われているかに気づかせてくれるから。 それに、現代の僕らの判断だって、状況をどう捉えるかによって、一見「正しい」と思えるものが「正

    わからないことに立ち向かう方法を想像することをデザインという|棚橋弘季 Hiroki Tanahashi
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    brows 2019/05/13
    わからないことに立ち向かう方法を想像することをデザインという
  • 恋愛術ですべてを理解する|棚橋弘季 Hiroki Tanahashi

    「中世の心理学によれば、愛とは質的に妄想的な過程であり、人間の内奥に映し出された似像をめぐるたえまない激情へと、想像力と記憶を巻きこむ」とジョルジュ・アガンベンは『スタンツェ』で書いている。 中世の騎士道物語で騎士たちは、手の届かぬ貴婦人たちに愛を捧げて闘いに赴く。その姿は当の貴婦人たちを愛するというより、自分の心に映った貴婦人たちのイメージを愛しているように見える。時には泉の表面や鏡にその姿を投影して貴婦人たちのことを思ったりもするが、とうぜん、実際に映っているのは自分の姿であるわけで、神話のナルキッソスと変わらない。 アガンベンは「ナルキッソスの物語もピュグマリオンの物語も」という。 ともにいわば愛のアレゴリーであり、質的に鏡像への強迫的な憧憬にとらわれるという愛のプロセスの妄想的な性格を、ある心理理論の図式にしたがって、典型的なかたちで示してくれているのである。その心理理論の図式

    恋愛術ですべてを理解する|棚橋弘季 Hiroki Tanahashi
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    brows 2018/01/22
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