「べつやく・しげるという名の猫」 別役実(劇作家) しげるというとら猫がいる。どうしてしげるなのかは知らない。娘がアパート暮らしをしていた時に、どこかから拾ってきて名付けたもので、アパートを引き払って帰ってきた時、連れてきて「しげるよ」と紹介したのである。その後娘は結婚して出て行ったのだが、亭主が猫アレルギーだそうで、しげるだけ家に残されたというわけだ。 以来しげるは、平然と我家にのさばっている。いきさつがそのようであったから、いつの間にか「うちの猫」になってしまっていることに感心し、「さすが猫だね」と家内と話したりしていたのだが、それが「もっとうちの猫」であることを知らされたのは、或る日、しげるが病気をして私がその薬を、近所の犬猫病院に取りに行かされた時である。 来意を告げて待合室に座っていると、間もなく薬を持った若い看護婦が窓口からのぞいて、「べつやく・しげるさん」と呼んだの