2016年3月7日のブックマーク (3件)

  • 勧善懲悪ドラマ増田の誤解について

    http://anond.hatelabo.jp/20160306105341 他人の意見で恐縮だが、専門家の言葉で、自分の見解にも近いので。 春日太一『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書) P166~『悪の不在』より抜粋 近年の時代劇の脚は、説明が過剰だ。それによる問題は、観客を飽きさせることだけではない。 登場人物の内面を片っ端から丁寧に描こうとする悪平等に作り手たちが陥っているから説明過剰になるのだが、 その結果、時代劇から《悪》がいなくなってしまった。そして、ドラマの焦点が散漫になり、盛り上がりに欠けるラストを迎えることになる。 たとえば、リメイク版『十三人~』(2010年公開)の暴君は最後に、自分を凶行に走らせるに至った 自身の心情を延々と主人公に語って聞かせた。あるいは、同年公開の『座頭市THE LAST』では、 漁民たちを苦しめる凶悪なヤクザの元締め(仲代達矢)と座頭市(香

    勧善懲悪ドラマ増田の誤解について
    charismanbou
    charismanbou 2016/03/07
    その点ゾーマって最悪(いい意味で)だよね
  • 『Gレコ』は何故「分からない」アニメだったのか? - 銀河孤児亭

    えー、これは冬コミのGレコ批評の総括章の1節を転載したものです。まあサンプルみたいなモンです。 内容は以前にブログにアップしたこちらの記事→「Gレコが失敗した理由と、今後Gレコを46年語り継ぐために」のブラッシュアップ版みたいなモンです。基論旨はほとんど変わりませんのでご注意下さい。 「分からない」 『Gレコ』の感想(特に初見時に顕著である)における代名詞と言っても良い一言だ。書の各話解説においても何度かその点について触れてはきたが、ここでは再度『Gレコ』の「分からなさ」に焦点を当てて、その理由と意味について考えてみたいと思う。 『Gレコ』が「分からない」と言われる時、「何が」分からないのかは大きく分けて3種類に分類できる。(何についての分からなさを指しているのかが噛み合っていない場合、議論がうまく成立しないことが多い) まず第一に挙げられるのが、世界観設定や勢力関係、キャラクター達

    『Gレコ』は何故「分からない」アニメだったのか? - 銀河孤児亭
    charismanbou
    charismanbou 2016/03/07
    松本信者が「大日本人」を無理やり評価してるのと同じ匂い。信者ではない自分としては単純につまらなかった、それだけです。
  • ゲームが時間の無駄呼ばわりされることへの違和感 - モウソウの森

    無駄な時間の過ごし方の例の代表としてゲームが出てくると悲しくなる。 よく見る問いかけは、例えばこんな感じ。 「大事な人生をパチンコ、ゲーム、ネットサーフィンなどで無駄に過ごしていいのですか」 どうしてここにゲームが入るのか分からない。 ゲームが入るなら、小説映画音楽鑑賞も入っていい。 しかし、それらは決して入らない。 それが不思議でしょうがない。 いいゲーム小説のようにストーリーが面白いし感動的で、時には泣いてしまうこともある。 小説家同様、素晴らしいクリエーターの人がストーリーを作っている。 いいゲーム音楽はたくさんあり、オーケストラで演奏されてコンサートになるものまである。 実際モンスターハンターのコンサートに行ったが興奮と感動した。 ゲームだからといって、才能ある作曲家が真剣に曲を作っているのだ。 どうぶつの森のBGMは何度聞いても心が踊る。 ドラゴンクエストのオープニングが流

    ゲームが時間の無駄呼ばわりされることへの違和感 - モウソウの森
    charismanbou
    charismanbou 2016/03/07
    その割にゲーマーはソシャゲをボロカスに叩くよね