妻は稼ぎのない俺のために身を粉にして働き倒れてしまった。数年前の自分といえば、脱サラして小さな喫茶を経営すると意気込んでおり、その頃の自分が今の状況を十分に想像できていたとはいいがたい。 かつて俺たちは小さな子猫を飼っていた。子供のいない両者にとってそれは幸せの指標の一つだった。猫は二人の間を右往左往して楽しそうにしたかと思えば、夜の営みを邪魔したりもした。数ヶ月前にがんの通知を受け取ったとき、彼女は平然とした顔で俺にほほえんでくれた。何も気にしなくてもいい。経営を軌道に乗せてくれたらいいと皿洗いをしながら深刻な風でもなく背中から語りかけた。窓のぼんやりとした景色がその記憶を呼び戻す頃、俺はあの子がすでに薬漬けだか、ガスの煙に巻かれていることを想像した。結局コンクリート壁の内側のことなんて俺には知りようがない。けれども彼女は病に伏せながら枯れ木を眺めると、俺に対して「あの子は元気かしら」と