哀薔薇 林壑久已蕪石道生薔薇 夢に薔薇(サウビ)の癉(ヤ)めるをみたり。 鳥去りて東林白く 澗(タニ)の底、仄かに明けゆけど 夜夜の狭霧に、薔薇は癉みぬ。 木立草立繇(シゲ)れる阿丘(オカ)に 幽かなる径(ミチ)、 径尽きて壑(タニ)も嘿(モダ)せり。 壑の八十陬(ヤソグマ)逗(モ)る光、 風囘(メグ)りて紓(ユルヤ)かに 黝(クロ)く揺げる林の景(カゲ)。 藻草は舞ひて 淪漪(サザナミ)に文(アヤ)を成せど、 澗の水面(ミナモ)に、飛ぶ 青岩魚(アヲイハナ)も見えず。 唯聞くは遠き斧の音(ネ) その韻(ヒビキ)、丁丁(タウタウ) 古曲の如く 壑を度(ワタ)りて長く揺蕩(タユタ)ふ。 曦(ヒ)も暹(ノボ)りて 熒(カガヤ)くは、叢葉(ムラハ)草びら、 巌陰の黄薔薇(クワウサウビ) 夢に匂へど、力なく 靭(ナヨ)かに顫ふ葩(ハナビラ)に 蒼き吐息を瀉(モラ)したり。