外国を旅行して廻ると、ある町なり、国なりの印象が、いかに瑣末なことにかかっているかということに気づくものである。 たとえば、ガソリン・スタンドの男の子の態度とか、ホテルの部屋の壁紙の模様とか、飛行機の税関で待たされたときの時間の長さとか、あるいは、レストランで見た辛子を入れる壺の美しさ、とかいった類いのことである。 「偏見を得ようとするなら、旅行するにしくはない」という言葉がある。まさにハタと膝を打ちたくなる言葉ではないか。われわれが、いかに儚い印象から、いかに確乎たる結論を得ているか、これは驚くべきものがある。 (伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』新潮文庫、2005) こんばんは。一瞬を永遠のように感じることの多かった2学期が、あるいは永遠を一瞬のように感じることの多かった2学期が、要するにびっくりするくらい長く感じられた2学期が、昨日、ようやく終わりました。「客観を得ようとするなら、異動す

